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東京から奈良に越してきました。
奈良市に住んでいます。

2014年02月28日

今日のコラム

☆ お早うございます、今日もお立ち寄りありがとうございます ☆

2月28日 松下幸之助一日一話(松下幸之助.COM)

感謝の心は幸福の安全弁

 感謝の念ということは、これは人間にとって非常に大切なものです。見方によれば、すべての人間の幸福なり喜びを生み出す根源とも言えるのが、感謝の心とも言えるでしょう。したがって、感謝の心のないところからは、決して幸福は生まれてこないだろうし、結局は、人間、不幸になると思います。

 感謝の心が高まれば高まるほど、それに正比例して幸福感が高まっていく。つまり、幸福の安全弁とも言えるものが感謝の心とも言えるわけです。その安全弁を失ってしまったら、幸福の姿は、瞬時のうちにこわれ去ってしまうと言ってもいいほど、人間にとって感謝の心は大切なものだと思うのです。


【コラム】東京新聞TOKYOWeb

筆洗

2014年2月27日

▼<ああわからない わからない 今の浮世はわからない>。明治、大正期の演歌師、添田唖蝉坊(そえだあぜんぼう)の「ああわからない」。抵抗の歌い手はこの二月で没後七十年になる

▼「ああわからない」は一九〇八年。世の中は理解できないことばかりだと政治家、役人、拝金主義をこき下ろしている

▼この歌が頭から離れないのは「ベースロード電源」のせいである。二十五日に決まった政府のエネルギー基本計画案。原発を「ベースロード電源」と位置付けている。これがどうにも分からない

▼昨年十二月時点で原発は「ベース電源」と書いていた。そのまま解釈すれば基盤となる電源。今回その表現が消え、聞き慣れぬ「ベースロード電源」が登場した。「ベースロード」とは常時継続的に供給を求められる電力量。それを供給する発電所などが「ベースロード電源」ということになる

▼原発を電源の種類や性格として説明し、基盤とか基盤ではないという判断を隠している。それでは政府は原発を基盤となる電源と考えていないか。そんなことはなくて原発は常時、一定量の電力を供給する、「ベースロード電源」なのである。事実上意味は同じだろう

▼煙(けむ)に巻いてやったとしたり顔のお役人へ。似た英語に「BASES LOADED」という表現がある。意味は野球の満塁。こんな説明では信用を失い、大ピンチになると忠告する。



【社説】東京新聞TOKYOWeb

大川小被災検証 遺族の願いに応えたか

2014年2月27日

 東日本大震災の津波で多くの犠牲者が出た宮城県石巻市立大川小学校の外部検証委員会が避難の遅れが被災の主因とする最終報告をまとめた。だが遅れの“謎”は未解明。踏み込み不足は否めない。

 大川小は河口から約四キロ上流にあり、津波の予想浸水域からは外れ、むしろ近隣の避難所に指定されていた。

 だが津波は川をさかのぼって襲い、全校児童百八人のうち七十四人と教職員十人の計八十四人が死亡、行方不明になった。学校で被災し、助かったのは児童四人と教師一人だけだった。

 検証委の最終報告書は▽避難開始の決定が遅れたこと▽津波を免れた(学校の)裏山ではなく、危険な河川堤防近くを避難先に選んだこと-が、被災の直接の要因と結論づけた。

 遺族は、そうしたことは、すでに知っていた。地震発生から避難を始めるまでの約五十分間、裏山がすぐ近くにあるのに、児童らは校庭にとどまっていたという。

 「なぜか」

 遺族が求め続けていたのは、その“空白の五十分間”の真相解明に尽きる。核心が解き明かされない限り、最終報告書として納得して受け入れられるはずもない。

 そもそも被災後の市教委のずさんな対応が、遺族との間に溝をつくり、検証を遅らせてきた。

 唯一の生還教諭の報告メールが削除されていたり、聞き取り証言の記録メモが廃棄されていたり。それらをしぶしぶ認めた市教委の説明そのものが二転三転した。

 たまりかねた文部科学省などの主導で、震災から約二年後に検証委が動き始めたのが実情だ。この市教委の体質は、大津市のいじめ自殺の問題を連想させる。

 最終報告書で検証委は遺族の要望に応え、被災後の市教委などの対応に言及し「遺族に不信感を抱かせた」と指摘。さらに検証委立ち上げの遅れで「調査に一定程度の限界があったことは否めない」とも認めざるを得なかった。

 防災教育の充実など二十四項目の提言を示したが結局、大川小被災の真相には迫り切れぬまま。一部遺族は提訴も辞さないようだが、本来は前例のない惨事の検証を今後の学校防災に生かし、遺族たち自らが前を向いて進みたいとの願いがあったはずだ。

 何が生死を分けたのか-。先の大震災では、そんなきわどい被災例は多い。三月一日に市に手渡される予定の最終報告書。受け取った市の姿勢こそが問われる。


☆ 今日で2月も終わりです。梅も咲いています。今日も皆様にとって良い一日で有りますように ☆

  

Posted by kazu at 18:42Comments(0)

2014年02月27日

今日のコラム

☆ お早うございます、今日もお立ち寄りありがとうございます ☆

2月27日松下幸之助一日一話(松下幸之助.COM)

誠意あればこそ

 先般、部品の一つに不良のある商品をお得意さんにお送りしてしまったときに、その方が厳重に注意しなければ、ということで会社に出向いてこられたことがあった。しかし、実際に会社へ来てみると、社員の人びとが一心に仕事に打ち込んでいる姿を見て、憤慨もせず、かえって信用を深めて帰られた、という話を聞いた。

 このことから私は、誠実かつ熱心に日々の仕事に力強く取り組むということが、いかに大きな力を持っているかということを、つくづく感じさせられた。そういう態度というものは、見る人の心に何物かを与えるばかりでなく、仕事そのものの成果をより高める原動力にもなると思うのである。


【コラム】筆洗

2014年2月26日 東京新聞TOKYOWeb

▼寄席に連日通ってくるおじいさんがいる。変わった人で絶対に笑わない。若い落語家二人が勝負した。どっちが先に笑わせるか

▼最初に上がった方は笑いどころいっぱいの大ねたをこれでもかと熱演した。笑わない。もう一人が高座に上がる。「桃太郎」。大人びた子どもが出てくるたわいもない話を選んだ

▼サゲにかかる。見ると老人がにっこりと笑っている。老人には大切な孫がいた。「桃太郎」に孫を思い、温かい気持ちになって思わず頬をゆるませた。誰かに聞いた話だが、分かる気がする。子どもの仕草(しぐさ)、愛犬の表情。時に情愛は強引な滑稽よりも、笑い顔をつくる

▼この人もある時、ねたに困った。先代の柳家小さん師匠。一九三六(昭和十一)年、陸軍青年将校による二・二六事件に加わるはめになった。当時二等兵。「意味も分からないで連れてかれた」

▼占拠した建物の中。上官に「みんな元気がないから、一席やれ」と命令された。困った末、演じたのは「子ほめ」だった。隠居に教えてもらった子どものほめ方を八五郎が間違えるという話

▼誰も笑わなかった。笑えなかった。皆、高ぶっている。事件はこの先どうなっていくのか。緊張と不安。「笑えやしませんよ。本当に馬鹿(ばか)な話」と当時を書いている。情愛もへったくれもない状況では、その後の「名人」が演じようとも、人の心は解けない。笑えない。

☆ 雨の朝です。今日も皆様にとって良い一日で有りますように ☆
  

Posted by kazu at 07:18Comments(0)

2014年02月26日

今日のコラム

☆ お早うございます、今日もお立ち寄りありがとうございます ☆

2月26日 松下幸之助一日一話(松下幸之助.COM)

時を待つ心

 行き詰まる会社をみてみますと、たいていは仕事がヒマになったらムリをしてでも注文を取ろうとしています。その結果、かえって大きな損をして会社の破綻を招くことになってしまうのです。反対に、「ヒマはヒマで仕方がない。これは一時的な現象なのだから、この機会に日ごろ怠りがちだったお得意に対するサービスをしておこう」とか、「機械の手入れすべきものはしておこう」というような態度をとっている会社は、かえって時を得て発展する。そういう場合が多いように思います。

 なかなかむずかしいことですが、時を得なければ休養して時を待つ、そういう心境もまた大事だと思うのです。


【コラム】筆洗

2014年2月25日 東京新聞TOKYOWeb

▼「月光仮面」の月光は「月光菩薩(ぼさつ)」に由来するという。「日光菩薩」とともに薬師如来をお守りする。川内康範さん原作の「月光仮面」は一九五八(昭和三十三)年二月二十四日にテレビ放送が始まった

▼放映時間には銭湯から子どもが消えたという。コンセプトは和製「スーパーマン」。<どこの誰だか知らない>正義の味方である

▼ただし悪人といえども絶対に殺さぬ。悪い心の持ち主でも倒れた者がいれば、助け起こす。仏教の人だからである。「憎むな、殺すな、許しましょう」が番組のテーマだったという(『戦後生まれのヒーローたち』)

▼なるほど月光仮面は拳銃を使用するが、その目的は威嚇などに限定される。悪役の拳銃だけが月光仮面の射撃で弾(はじ)き飛ばされるシーンがよくあった。人を危(あや)めぬ寛容の人、許しの人である

▼ソチ冬季五輪の閉会式を見る。開会式で失敗をした。五輪マークの仕掛けが一部開かなかった。その失敗を閉会式であえて再現した。ミスを笑いに転じる演出。失敗した者へのいたわり、寛容の心を見る。気に病んでいた関係者はどんなに救われたことか

▼開会式での不完全な五輪マークが入ったTシャツがロシアで人気という。人間はやはり不完全な五輪の輪か。許しがなければ生きられぬ。そういえば、月光仮面のマークも三日月。「やがて完全な満月になる」。そんな理由だという。

☆ 今日も花粉対策してお出かけ下さい。皆様にとって良い一日で有りますように ☆
  

Posted by kazu at 06:20Comments(0)

2014年02月25日

今日のコラム

2014-02-25

☆ お早うございます、今日もお立ち寄りありがとうございます ☆

2月25日松下幸之助一日一話(松下幸之助.COM)

七十点以上の人間に

 完全無欠な人間などあり得ないと思う。だから、お互い人間として、一つのことに成功することもあろうし、ときにはあやまちもあるだろう。それは人間としてやむを得ないというか、いわば当たり前の姿だと思う。

 しかしあやまちと正しいこととを通算して、正しいことのほうが多くなるような働きなり生活を持たなければ、やはり人間として、望ましい姿とは言えないのではなかろうか。

 かりに自分を点数で表わすとどうなるだろう。三十点のマイナス面はあるが、少なくともプラスの面が七十点ある、というようなところまでには到達するようお互いに努力したいものである。


【コラム】筆洗

2014年2月24日東京新聞TOKYOWeb

▼椎名誠さんのデビュー作『さらば国分寺書店のオババ』(一九七九年)は古本屋のオババと若き日の椎名さんとの「対決」を描いた「昭和軽薄体」の代表作である。オババが時に腹立たしくも魅力的である

▼立ち読みの若い客を容赦なく叱る。無礼な客には「二度と来るな」と罵倒する。怒りにはもちろん理由がある。一冊一冊がわが子のようにかわいい。本をぞんざいに扱う人間が許せないのだ。本には神様が住んでいるとオババがいう。「昔は、またいだだけで叱られたもんだ」

▼オババならすすり泣くだろう。東京都内の図書館が所蔵する「アンネの日記」と関連本が切り裂かれた。ユダヤ人迫害の日々を描いた本の被害は、三百冊を超える。誰も死んでいない。「紙」が破られたにすぎない。それでも事件に身を引き裂かれるような痛みを感じるのはなぜか

▼どんな本も人類の「記憶」である。人が生きた証し。切り裂かれたのは紙ではなく、それはやっぱり人であり、心なのだ

▼レイ・ブラッドベリの『華氏(かし)451度』は本の所持を禁止した世界を描く。題名は本が燃える温度。本という記憶、記録を許さぬことで市民を支配する国家。本を守ることは、人類を守ることである

▼心配なのは、本を破った「君」である。なぜ黒い心に支配された。「どうして」。裂かれても笑ったままのアンネ・フランクの写真が尋ねる。


☆ 今日も寒いですが、皆様にとって良い一日で有りますように ☆

  

Posted by kazu at 07:00Comments(0)

2014年02月24日

今日のコラム

2014-02-24

☆ お早うございます、今日もお立ち寄りありがとうございます ☆

2月24日松下幸之助一日一話(松下幸之助.COM)

大阪城築造の秘訣

 豊臣秀否は、あの豪壮華麗な大阪城を、わずか一年半で築造したというが、どうしてそんなことができたのか今日なお不思議に思われる。しかしその大きなな原因の一つは、築造に当たって彼は「功ある者には莫大な恩賞を与えるぞ」と約束した。そのかわり「過怠ある者は牢に入れるだけでなく、容赦なく首を斬ってしまうぞ」と宣言した。首を斬られてはかなわんから、みんな必死になって働くが、その上に莫大な恩賞が約束されているから、より一層はげみがつく。そこにあの大阪城築造の秘訣があったとも言えよう。“信賞必罰”は、昔も今も、人間の存在する限り必要なものであり、永遠の真理を喝破した貴重な教えではなかろうか。


【コラム】筆洗

2014年2月23日 東京新聞TOKYOWeb

▼海は、さまざまな想像をかき立てる。果てしない水平線が広がるエメラルドブルーの海ともなれば、夢想と言ってもいいような思いすらわく。沖縄・辺野古の海は、そんな海だ

▼漁港の堤防の上を海に向かうと、先端に小さな祠(ほこら)がある。まつられているのは龍宮神。そこから先は、人魚伝説のモデルといわれるジュゴンやウミガメが泳ぐサンゴ礁の海が広がる

▼振り向けば、緑濃い丘が海辺まで迫り、砂浜が広がる。ここをリゾートにしたら、どんな楽園になるか。目を三角にしがちな近隣の首脳らもこの海を前にすれば、その目もまるくなるのではないか

▼だが現実には、一帯は米軍基地キャンプ・シュワブであり、日本政府は海を潰(つぶ)し滑走路を造ろうとしている。リゾートにするなど夢想なのだろう

▼「いや、それは夢物語ではない」と言う人がいる。沖縄で大手ホテルグループを率いる平良朝敬(たいらちょうけい)さんだ。平良さんは「辺野古の岬はリゾートとしてアジア屈指。アジアの楽園だ」と普天間飛行場の辺野古移設に反対し、キャンプ・シュワブの返還を求めている。「観光は平和産業。紛争のある所に観光客は来ますか、そこに楽園はありますか」

▼「美しい国へ」「日本を、取り戻す。」と謳(うた)う首相がなぜ、美しい海を米軍から取り戻すどころか、差し出そうとするのか。辺野古の海でいくら想像力を働かせても、分からなかった。


【社説】東京新聞TOKYOWeb

週のはじめに考える “静脈”は健康ですか

2014年2月23日


 中国の発展も再生資源が支えています。廃棄物を扱う産業は「静脈産業」とも呼ばれます。ごみも分ければ貴重な資源。大連で一つの例を見ました。

 微小粒子状物質、PM2・5が黄色くよどむ中国・大連市内には、零細な資源回収業者が点在します。一見、ごみ捨て場のようですが、世界中の資源をのみ込むかのような中国リサイクル市場のそこは、最前線に当たります。

 日本では無償で回収される五百ミリリットルの空きペットボトルが一本一角(元の十分の一、一・七円)、一キロなら約六十五円の高値で買い取ってもらえます。
◆千種類の資源に分ける

 持ち込まれた廃棄物の大半は、大連市南郊の甘井子区にある環嘉集団に運ばれます。環嘉とは、環境によいという意味です。

 環嘉集団は、中国全土でも十指に入る総合資源再生企業です。

 廃プラスチック、金属、古紙、廃家電…。百十二カ所の分別センターと百三カ所の工場で、集めたごみから千種類以上の資源を再生します。

 膨大なごみの山は、メーカーの用途や品質基準に合わせて、作業員の手で分類、洗浄されて、プラスチックのフレーク(破片)や鉄のインゴット(塊)といった製品に生まれ変わって、繊維工場や製鉄所などに送られる。

 年間取扱量は一千万トン。延べ十万人の雇用を生み出し、英米に支社を持ち、近く日本にも開設予定。中国科学院と提携し、ナノ技術を応用した廃プラ再生技術や新素材の開発なども手掛けています。

 王金平董事長(社長)が十三歳の時、一人でリヤカーを引いて鉄くずの収集を始めて以来三十年。ごみを扱う「静脈産業」は今や、中国経済の根幹を担う国策企業、ハイテク企業、そしてグローバル企業に成長した。
◆“食欲”は増すばかり

 環嘉をここまで大きくしたのも、中国の急激な経済成長に伴う、飽くなき資源需要です。

 その“食欲”を満たすため、中国政府は大連市政府と共同で、甘井子区から高速道路で北へ二時間離れた土地に、広さ二十五平方キロの巨大リサイクル団地を建設し、関連の問屋や設備を集約、さらに効率的な再生資源の運用を図る計画を進めています。

 環嘉集団も年内に、本社をそこへ移します。それに併せて「リサイクルコンビニ」を展開し、資源の集約力を高める計画です。

 トイレットペーパーや缶飲料、再生容器に入った洗剤など、資源ごみをリサイクル商品と引き換える、物々交換のコンビニです。

 集めたごみが資源、そして製品へと再生された姿を見てもらい、市民の分別意欲を高める情報センターの役目も担う。

 都市部では二千世帯、農村部では二千五百世帯に一カ所ずつ。ゆくゆくは全国展開するという。

 捨てればごみ、分ければ資源-。一九八〇年代初め、分別という耳慣れない言葉とともに、私たちがよく目にしたスローガン。今では、中国の発展を支える呪文なのかもしれません。

 環嘉の主力商品は、再生プラスチック。買い取り価格は日本の三倍です。集荷量の半分を「日本製」が占めている。

 なぜ高く売れるのか。品質がいいからです。歩留まりが高く洗浄コストもかかりません。いくら資源不足とはいえ中国も、日本のごみがほしいわけではない。

 なぜ品質がいいのでしょう。私たちが三十年かけて培ったリサイクル文化ともいうべき、国内の資源循環システムがあるからです。中国に売ればいいというわけでは、もちろんありません。

 二〇三〇年代、世界の資源需要を賄うには地球が二個必要になるという。「打造静脈産業(静脈産業をつくれ)」は、環嘉の社是ですが、これにならって資源小国日本こそ、その健康状態を点検し、強化を図るべきではないか。
◆リサイクルは地域の和

 たとえば愛知県岡崎市の高木化学研究所は、地元自治体に働きかけて、廃ペットボトルの回収システムをつくった。

 また、自動車業界のニーズに合わせた燃えにくい内装用再生繊維を豊橋技科大と共同開発し、リサイクルを地元で完結させた。

 このような地域の和、人の和、循環の輪を、広く、しっかりと育てておかねばなりません。

☆ 花粉が飛んでいます。花粉症の人は花粉対策をして、皆様にとって良い一日で有りますように ☆
  

Posted by kazu at 06:19Comments(0)

2014年02月23日

今日のコラム

2014-02-23

☆ お早うございます、今日もお立ち寄りありがとうございます ☆

2月23日 松下幸之助一日一話(松下幸之助.COM)
 
道徳は「水」と同じ

 戦後のわが国では「道徳教育」というと何か片寄ったふうに思われることが多いが、私は道徳教育は、いわば「水」と同じではないかと思う。人間は生きるためにどうしても「水」が必要である。ところがこの水に何か不純物が混じっていて、それを飲んだ人が病気になった。だからといって水を飲むことを一切否定してしまったらどうなるか。大切なことは「水」そのものの価値、効用を否定してしまうことではない。水の中の不純物を取り除くことである。

 かつての道徳教育の中に誤ったところがあったからといって、道徳教育そのものを否定してしまうことは、それこそ真実を知らぬことではないか。


【コラム】筆洗

2014年2月22日東京新聞TOKYOWeb

▼ロシアが誇るオペラとバレエの殿堂マリインスキー劇場で、マフィアの男と出会ったことがある。傍らには常にコートをまとった手下がいた

▼「なぜ劇場内でコートを脱がないんだ?」と聞いたら、黙って胸元を開いた。銃がホルダーに収まっていた。ソ連崩壊で混乱を極めていた時代、マフィアは劇場でも幅を利かせていた

▼だが、この物騒な男が、バレエの話になると、うっとりした顔で語るのだった。「見たか、あのバレリーナの手の動き、指先の動きを。指一本一本が音符そのものなんだよ、彼女の踊りは…」。芸術とは、不条理な世界に差し込む一筋の光。荒(すさ)んだ世界に生きる男の口から出た言葉は、そのことを言い当てているようだった

▼浅田真央さんの氷上の舞も、柔らかい指先からコンチェルトの調べがあふれていた。フリーの演技を終えると、天を仰いだ顔が感情がはじけるのを抑えるかのようにゆがんだ。およそ十五秒後、気持ちを切り替えるようにうなずくと、真央ちゃんスマイルになった

▼ショートプログラムは取り返しのつかぬ結果に終わり「どう明日を乗り切ればいいのか、分からない」と言っていたのが、フリーは自己最高点。みんなが見たかった笑顔を見せてくれた。光が差した気がした

▼あの十五秒間、どんな思いが去来したのだろう。四分間の演技と同じように美しく、胸を打つ十五秒だった。


☆ 今日も寒いですが、皆様にとって良い一日で有りますように   

Posted by kazu at 06:15Comments(0)

2014年02月22日

今日のコラム

2014-02-22

☆ お早うございます、今日もお立ち寄りありがとうございます ☆

2月22日松下幸之助一日一話 (松下幸之助.COM)

努力を評価しあう

 販売に当たる人が、一つの商品について技術、製造の人の開発の苦心を思い、逆に技術、製造にたずさわる人は、販売する人の努力に感謝し、心をこめて製品をつくりあげる。また経理の人は一円のお金にも、それが利益となって生まれてくるまでの技術、購買、製造、販売、その他すべての部門の人の汗の結晶というものを考え、それを最大限に生かしてゆく。

 というように、お互いの一つ一つの懸命な努力を、いわば目頭を熱くするような思いで理解し、それを生かしあってゆく。そして、そこに生まれた成果をお互いに喜びあっていく。そういうものがあってはじめて全体の発展も生まれてくるのではないだろうか。


【コラム】筆洗

2014年2月21日東京新聞TOKYOWeb

▼<スキヤキの魅力よ。長崎を去って以来、ずっと焦がれているのさ>。故・坂本九さんが歌い、一九六三年、全米一位になった「上を向いて歩こう」(SUKIYAKI)には、こんな英語の訳詞がある。珍妙である

▼もちろん原曲は作詞永六輔さん、作曲は故・中村八大さん。永さんは歌詞を六〇年安保闘争の挫折や悲しみ、そしてその先の希望を込めて書いた

▼いろいろな国の歌い手が吹き込んだが、いずれの歌詞も永さんのメッセージとは大きく異なっていた。八〇年代にヒットした英語版も素朴な失恋の歌である

▼「ルック・アット・ザ・スカイ」。十八日、新しい英訳が英国の歌手オリー・マーズさんの歌で発表された。本来の歌詞の意味で世界の人を励ましたい。八大さんの長男の中村力丸さん(50)が訳をオノ・ヨーコさんに依頼していた

▼ヨーコさんもまた、悲しみに上を向いて歩いてきた人である。ビートルズ解散の原因といういわれのない批判。夫ジョン・レノンさんの死。「ヨーコさんだから涙をこらえ歩いていく気持ちを英語にできる」と力丸さんはいう

▼力丸さんは、ヒット曲「こんにちは赤ちゃん」のモデル。八大さんが生まれたばかりの力丸さんに「こんにちは。おれが親父(おやじ)です」と言ったのを見て、永さんが歌詞にした。立派になった「赤ちゃん」のいい仕事に八大さんの軽快なピアノが聞こえる。


☆ 今日も寒いですが、皆様にとって良い一日で有りますように ☆

  

Posted by kazu at 06:16Comments(0)

2014年02月21日

今日のコラム



☆ お早うございます、今日もお立ち寄りありがとうございます ☆

2月21日松下幸之助一日一話(松下幸之助.COM)

人事を尽して天命を待つ

 「人事を尽して天命を待つ」ということわざがある。これは全く至言で、私はいまも自分に時どきその言葉を言い聞かせている。日常いろいろめんどうな問題が起きる。だから迷いも起きるし、悲観もする、仕事にも力が入らないことがある。これは人間である以上避けられない。しかしそのとき私は、自分は是と信じてやっているのだから、あとは天命を待とう、成果は人に決めてもらおう……こういう考え方でやっている。

 小さな人間の知恵でいくら考えてみても、どうにもならぬ問題がたくさんありすぎる。だから迷うのは当たり前である。そこに私は一つの諦観が必要だと思うのである。


【コラム】筆洗

2014年2月20日東京新聞TOKYOWeb

▼古い怪奇映画なんかのおしまいにこんなナレーションがよく入る。「あなたにも、起こるかもしれない話なのです」。現実かもと警告する。これが実に怖い

▼「あの鉛色の物体がいつあなたの庭に落ちてくるかもしれないのです。明日、目が覚めたら、まず庭をご覧ください」。「ウルトラセブン」の「緑の恐怖」。おびえた記憶がある。庭を見ろ。具体的な指示が一層怖さを強める。そんなはずはない。でも

▼<多喜二忌や糸きりきりとハムの腕>秋元不死男(ふじお)。二十日は『蟹(かに)工船』の作家小林多喜二の忌日である。一九三三年二月二十日、特高警察に逮捕され拷問死した。軍国主義に反対する危険思想の持ち主。そんな理由で人が殺される。わずか八十一年前のことである

▼<糸きりきりとハムの腕>。「きりきり」という、オノマトペ(擬音語)が醸す恐怖。小林が死んだ八年後の四一年に秋元も新興俳句弾圧の京大俳句事件で特高に検挙された。きりきりは自分の痛みでもあろう

▼前の俳号は、東(ひがし)京三。並べ替えると共産党。<冬空をふりかぶり鉄を打つ男>。鉄は資本主義。それを打つので革命だ。いずれの特高の言い掛かりも狂気である

▼日本は今どっちへ向かう。平和か。小林や秋元の時代か。<戦争が廊下の奥に立つてゐた>。秋元と同じ時期に摘発された渡辺白泉(はくせん)。明日、目が覚めたら、まず廊下をご覧ください。

☆ 今日も寒いですが、皆様にとって良い一日で有りますように ☆

  

Posted by kazu at 06:09Comments(0)

2014年02月20日

今日のコラム


☆ お早うございます、今日もお立ち寄りありがとうございます ☆

2月20日松下幸之助一日一話(松下幸之助.COM)

公憤を持つ

 指導者たる者、いたずらに私の感情で腹を立てるということは好ましくない。しかし指導者としての公の立場において、何が正しいかを考えた上で、これは許せないということに対しては大いななる怒りを持たなくてはいけない。

 だから、一国の首相は首相としての怒りを持たなくてはならないし、会社の社長は社長としての怒りを持たなくては、ほんとうに力強い経営はできないと言ってもいい。まして昨今のように日本といわず世界といわず、難局に直面し、むずかしい問題が山積している折には、指導者はすべからく私情にかられず、公のための怒りをもって事にあたることが肝要であると思う。


【コラム】筆洗

2014年2月19日 東京新聞TOKYOWeb

▼大雪。山梨県早川町。その町の二人の職員は八キロの雪道を歩いている。段ボール二個分の非常食をリュックサックに背負っている。往復十時間。雪と闘いながら前へ進む。孤立し、食料が尽きかけている「誰か」のために

▼やはり雪で立ち往生した中央道の談合坂サービスエリア。その製パン会社の運転手は積み荷の菓子パンをただで配布している。おなかをすかせた「誰か」のために

▼地上すれすれにヘリコプターが空中静止している。その自衛隊員は積もった雪の中へ飛び降りる。深い雪。足を取られて思うようには歩けない。それでも必死で立ち上がろうとしている。「誰か」のために

▼インドネシア・バリ島。ダイビング中、行方不明になっていた日本人女性が岩場で見つかる。救助の船が近づこうとするが、高い波が邪魔をする。現地の人か。その男の人は泳いで岩場に向かっている。懸命に泳ぐ。肩を寄せ合い救助を待つ「誰か」のために

▼ソチ五輪。ノルディックスキー・ジャンプ男子団体。葛西紀明選手。個人戦で銀メダルに輝いても泣かなかったが、団体での銅メダルには声を上げて泣いている。銀メダルを自分のことのように喜んでくれたチームメートに団体戦でメダルを、どうしても取らせたかった。仲間という「誰か」のために

▼講釈は無用であろう。日本や日本人に起きた、「ある一日」の出来事である。


【社説】東京新聞TOKYOWeb

大雪の猛威 忘れてはいけない備え

2014年2月19日


 記録的な大雪が各地を襲い、地域の孤立や道路の通行止めなどの被害が出た。雪に慣れない地域での防災に課題も浮き彫りとなった。被害を最小限に食い止めるには油断せず備えることが必要だ。

 関東甲信地方では積雪で道路が寸断され山間部を中心に各地で住民が孤立した。中部地方でも愛知県豊根村が一時孤立した。停電も重なり住民を不安にさせた。自治体は迅速な復旧作業に全力を尽くしてほしい。

 大雪被害で問題となったのは高速道路での車の立ち往生が続いたことだ。東名高速では最大約五十キロの大渋滞を招いた。除雪車両が入れず復旧を大幅に遅らせた。

 高速道は物流の大動脈だ。早期復旧は欠かせない。通行止めの判断を早められなかったのか。道路情報の周知は十分だったか。政府や道路管理者は再検討すべきだ。

 一般道も重要なインフラだ。物流だけでなく患者の救急搬送や在宅の高齢者への医療・介護サービスが滞る事態は避けたい。

 道路での放置車両は地震や風水害などの場合でも救助活動や避難の障害になる。政府は放置車両を撤去するための法改正の検討を表明した。検討は必要だろう。

 ドライバーにも油断はなかったか。東名高速では通常のタイヤを装着していた車が最初に立ち往生した可能性がある。チェーンやスコップが必要な状況だったろう。個々人の判断ミスが混乱を拡大させる要因になるとの自覚を持ってほしい。雪ならハンドルを握らない勇気も要る。

 東急東横線では雪でブレーキが利きにくくなったことによるとみられる追突事故が発生した。各地で体育館やアーケードの屋根が雪の重みで倒壊する事故も起きている。運行ルールや建物の耐雪基準の見直しなどが求められるのではないか。

 住民自身も備えができる。

 降雪前に凍結防止剤を路面にまいて備えた商店街があった。雪かき作業を住民同士が協力して行った地域もあろう。自治会やマンションの管理組合、学校のPTAなどで除雪作業のルールや連絡方法を決めておけば役立つ。震災時の共同の下地にもなる。

 今後もまたいつ降雪があるか分からない。警戒が必要だ。ゲリラ豪雨や竜巻、大型台風など自然災害の頻度は増している。

 「経験のない災害」はいつでも起こり得ると危機感を持つべきだ。想定外の被害を次に生かす意識を忘れたくない。


☆ 今日も寒いですが、皆様にとって良い一日で有りますように ☆



  

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2014年02月19日

今日のコラム


☆ お早うございます、今日もお立ち寄りありがとうございます ☆

2月19日 松下幸之助一日一話(松下幸之助.COM)
最善の上にも最善がある

 会社としては、常に何事も最善と思ってやっているし、みなさんもそれに基づいて最大の努力を払っていると思います。しかし、立場をかえて、お客様の側からいうと、まだまだこう考えてほしい、こうあってほしいという希望が出るのも、また当然だと思います。

 そういうことを考えてみると、ものには最善の上にさらに最善がある、限りなく上には上がある。それを一段一段、そういう訴えを聞くたびに素直にそれを聞いて、検討するということが永遠に必要ではないかと思うのです。そういう意見をよく汲み上げて、改める点があれば改める、というようにすることが必要だと思います。


【コラム】筆洗 東京新聞TOKYOWeb

2014年2月18日

▼仲代達矢さん(81)の映画デビュー作は何か。著書には、「二十三歳の私は『火の鳥』(一九五六年)で本格映画デビューした」とあるが、その二年前にある映画に出ている。黒沢明監督の「七人の侍」。エキストラとしての出演だが、こっちの方が早い

▼「本格映画デビュー」と、断っているのはそのせいか。それほど「七人の侍」にはいい思い出がなく、「屈辱的だった」とさえ言っている

▼数秒しか映らぬ浪人役。それでも黒沢さんは「なんだ、その歩き方は」と何度もやり直しを求めた。わずかなシーンに約六時間。その間、主役は待たされる。「なんだ、あいつは」の声が聞こえる

▼エキストラの青年はどんなに居たたまれなかったことか。その後に、黒沢さんの「用心棒」(六一年)の出演依頼をいったん断った理由もここにある

▼この人のデビューはどうだったか。ベルリン国際映画祭で最優秀女優賞を獲得した黒木華(はる)さん。野田秀樹さんの「ザ・キャラクター」(二〇一〇年)が舞台デビューと聞くが、記憶がない。調べるとそのはずで役名もない「その他大勢」の一人。一一年の阿佐ケ谷スパイダースの「荒野に立つ」。失礼だが強い印象はない

▼一歩一歩か。雪道。コツは一歩ずつ踏み締めること。慌てれば滑る。脇見をすれば足を取られる。名優と国際賞女優が教えてくれるのは雪道の歩き方ばかりではない。


【社説】東京新聞TOKYOWeb

黒木さん銀熊賞 世界に輝かせたい邦画

2014年2月18日


 ベルリン国際映画祭で黒木華さんが最優秀女優賞(銀熊賞)に輝いた。二十三歳にしてしなやかさあふれる演技が世界の人々の心をつかんだ。現代の日本映画界そして日本人女性の快挙を喜びたい。

 大雪に見舞われ、いてついた日本列島にドイツから届いたホットな話題であった。

 出演した映画は、山田洋次監督の八十二作目となる「小さいおうち」。中島京子さんの直木賞受賞小説が原作だ。

 日本人の銀熊賞は、左幸子さん、田中絹代さん、寺島しのぶさんに次いで四人目。最年少での受賞には喝采を送りたい。

 京都造形芸術大学在学中に舞台デビューし、映画の初出演は三年前だ。それでも、審査員の総評で、女性の活躍を描いた多くの作品の中で「演技力は群を抜いた」と言わしめた。

 国内の映画新人賞を総なめにした末に、一気に国際舞台に躍り出た形だ。実力派女優としての前途が楽しみである。日本の若い女性陣にも夢と希望を与えよう。

 映画では、昭和の初期、東京郊外の中流家庭で起きる不倫を軸に家族模様が描かれる。黒木さんは、山形から上京して住み込みで奉公し、すべてを目撃する布宮タキを演じている。

 昭和の女性の立ち居振る舞いが醸し出す雰囲気が、極めて大きなウエートを占める作品である。平成生まれの黒木さんだが、日本人が心の奥底に抱いているだろう美意識を世界に通用するメッセージにまで高めることに成功した。

 その鋭く柔らかい感性は、日本の現代っ子が秘める可能性を物語っているのかもしれない。映画界にとどまらず、さまざまな分野での躍進をも期待させられる。

 そして、今度の銀熊賞の受賞は同時に、長年にわたり家族を描き出してきた山田監督に授与された栄誉でもあった。

 コンペティション部門の出品は五作目だが、主要賞の受賞は初めてである。オーディションで黒木さんを抜てきした山田監督の先見の明のたまものといえよう。

 審査員は総評で「監督にも賞をあげたかったが、賞が足りなかった」と言及した。もちろん、お世辞ではあるまい。

 洋の東西を問わず家族のありようや幸せのかたちは、人々が追い求めてやまない永遠のテーマなのだろう。戦争がもたらす悲劇。平和を保つ難しさ。世界が向き合う切実な問いに、日本ならではの発信を続けたい。


☆ 今日も寒いですが、皆様にとって良い一日で有りますように。☆

  

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