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kazu
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東京から奈良に越してきました。
奈良市に住んでいます。

2015年12月03日

今日のコラム

☆ 今日は2015年12月3日(木) 自動車電話の日(コードレス電話の日)

 1979(昭和54)年、電電公社が東京23区での自動車電話サービスとコードレス電話のサービスを開始しました。
 当時のコードレス電話は、電波法の規定により電電公社からの貸し出しのみで提供されていました。
 現在のように自由に買取りができるようになったのは1987(昭和62)年10月からです。
 携帯電話は1987(昭和62)年4月10日からサービスが開始されました。 ☆


☆ お早うございます、今日もお立ち寄りありがとうございます。 ☆


☆ 12月 3日 松下幸之助 一日一話

広い視野

今日では、世界の一隅に起こったことも、それが瞬時に全世界に伝わり、さまざまな影響を及ぼす。そのような中で、自国の範囲だけ、自分の会社、団体の範囲だけの狭い視野で事を考え、行動していたのでは、往々にしてあやまちを犯すことになってしまうと思う。いま、視野の広さというのは、指導者にとって、欠くことのできないものであろう。

指導者はみずから世界全体、日本全体といったように広い範囲でものを見るよう常に心がけつつ、一国の運営、会社や団体の経営を考えなくてはならないし、また人びとにそうした広い視野を持つことの大切さを訴えていかなくてはならないと思う。 ☆

☆☆【コラム】 筆洗

2015年12月2日 東京新聞 TOKYO Web

▼この場合は【真っ裸】なのか【素っ裸】か。ともに全裸状態を意味するが、日本語学者の中村明さんの『日本語 語感の辞典』(岩波書店)によると違いがある

▼【真っ裸】の項。「全裸の状態をさす点では素っ裸と同じだが、両語は発想が違う。素っ裸は衣類を一枚でも身に着けているか否かという観点から、最後の下着を取り去った瞬間に実現する。一方、真っ裸は連続的に全裸状態に接近する最終の結果である」という

▼例えるなら「素っ裸は身をおおう布が一かゼロというデジタルの世界」。真っ裸は「いわば、バスタオルを少しずつずらしながら最終的に実現するアナログの世界」。笑いもある名分析である

▼冒頭のこの場合とは、新語・流行語大賞の年間トップテンに入った、「安心して下さい、穿(は)いてますよ」。全裸と見せかけ実は下着を穿いているという例のアレである

▼中村さんに従えば【素っ裸】(正確には、ふり)に分類できるか。穿いているかどうかのデジタル的な問題がギャグの前提にある

▼ひょうひょうとした、演者の意図はともかく社会批評性の高い芸と見る。「普通」に執着し、枠を飛び出た異論、異物を排除したがる最近の空気。その空気に対して【素っ裸】=異形で気を揉(も)ませ、穿いているから心配するなとは明らかに窮屈な世間をからかっている。【素っ裸】並みに恥ずかしいのは世間の方か。☆☆


☆☆☆ 今日の雑記

今朝は曇りで雨模様です。午前中は雨みたいです。午後は晴れるのかな

昨日は昼過ぎまでは良い天気でしたが夕方からは曇ってきました。

今朝も目覚ましていただき感謝です。

今日も皆様にとって良い一日でありますように、元気に過ごしましょう。 ☆☆☆


  

Posted by kazu at 06:54Comments(0)