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kazu
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東京から奈良に越してきました。
奈良市に住んでいます。

2014年11月12日

今日のコラム

☆11月12日 洋服記念日 (全日本洋服協同組合連合会が1972(昭和47)年に制定。)

1872(明治5)年のこの日、「礼服ニハ洋服ヲ採用ス」という太政官布告が出され、それまでの公家風・武家風の和服礼装が廃止された。

お早うございます。今日もお立ち寄りありがとうございます。☆


11月12日松下幸之助一日一話(松下幸之助,COM)

立場を交換する

 たとえば経営者と労働組合、与党と野党の関係など、社会では対立して相争うという姿が各所に見られる。その結果、精神的にいがみ合いがあるばかりでなく、物事の円滑な進行が妨げられ、そこから大きなロスが生まれている。

 そういう傾向になりがちなのは、やはりそれぞれが自分の立場中心にものを見るからではないだろうか。自分の立場中心に考えれば、どうしても自分というものにとらわれてものの見方がせまくなり、全体が見えにくくなってしまう。だからときに相手の立場にわが身を置く気持で、お互いの立場を交換して考えてみてはどうか。そうすることによって相互の理解も深まり、合意点も見出せるのではないだろうか。


【コラム】筆洗

2014年11月11日 東京新聞TOKYOWeb

▼外交の舞台においては、握手というしぐさ一つに大きな意味が込められることがある。その象徴的な例として、駐仏大使などを務めた小倉和夫氏が、一九七二年にあったニクソン米大統領の歴史的訪中での一場面を挙げていた

▼空港に出迎えた周恩来首相は背筋をピンと立て、大統領の方にあまり歩み寄らず、手も大きく差し出さなかった。かといって、冷たい印象を与えるわけでもない。実に微妙な態度であったという

▼これは<反共主義者として中国と対立していたニクソンを迎え入れることは、決して米国におもねるものではなく、あくまでも戦略的な、冷静な判断に基づくものであることを、世界に示そうとしたもの>だと、小倉氏は指摘していた(外務省発行『外交』誌14号)

▼きのう三年ぶりに日中の首脳が会談したが、二人が握手を交わす態度も「実に微妙」であった。習近平氏の手にどれほどの力がこもっているのだろうと、思わせるものだった

▼話をニクソン訪中の昔に戻せば、周氏には握手をめぐる屈辱的な思い出があった。一九五四年に米国務長官と会った際、握手を拒否されていたのだ。そういう過去を知っているからこそ、ニクソン氏は自ら歩み寄って、手を差し出したそうだ

▼たかが握手、されど握手。日中という隣り合う大国の首脳が、どんな形にせよ握手をしたことに、外交の妙味があるのだろう。

☆今朝は曇り空ですが予報は晴です。今日も皆様にとって良い一日で有りますように。☆
  

Posted by kazu at 05:03Comments(0)