京つう

  日記/くらし/一般  |  日本

新規登録ログインヘルプ


QRコード
QRCODE
インフォメーション
【京つうからのお知らせ】
アクセスカウンタ
読者登録
メールアドレスを入力して登録する事で、このブログの新着エントリーをメールでお届けいたします。解除は→こちら
現在の読者数 0人
プロフィール
kazu
kazu
東京から奈良に越してきました。
奈良市に住んでいます。

2014年01月31日

今日のコラム


☆ お早うございます、今日もお立ち寄りありがとうございます ☆

1月31日松下幸之助一日一話(松下幸之助.COM)

千の悩みも

 経営者には、一度にいくつもの問題に直面して、あれこれ思い悩むという場合が少なくありません。しかし私はいままでの経験で、人間というものはそういくつもの悩みを同時に悩めるものではないということに気づきました。結局、一番大きな悩みに取り組むことによって、他の悩みは第二、第三のものになってしまうのです。だから、百の悩み、千の悩みがあっても、結局は一つだけ悩めばよい。一つだけはどうしても払うことができないが、それと取り組んでいくところに、人生の生きがいがあるのではないか。そう考えて勇気を持って取り組めば、そこに生きる道が洋々と開けてくると思うのです。


【コラム】筆洗

2014年1月30日東京新聞TOKYOWeb

▼英語のSHALL(シャル)とWILL(ウィル)。同じ未来形に使用する助動詞だが、どんな差があるのか

▼いずれも未来に向けた「意志」を示すが、シャルには「そうすべきだ」というニュアンスがより強い

▼例示としてよく引用されるのが、マッカーサー元帥の「アイ・シャル・リターン」と、歌の「ウィ・シャル・オーバーカム」。その曲を歌った米フォーク歌手ピート・シーガーさんが二十七日、九十四歳で死去した

▼きっと、「オーバーカム」(勝利)するという強い決意。だからシャル。打ち勝たなければならない相手は黒人差別だった。曲は一九五〇、六〇年代の米公民権運動の一種のテーマソングになった。その立役者がシーガーさんだった

▼興味深いことにもともとはシャルではなかった。米公共ラジオNPRの記事に教わった。原曲は黒人のチャールズ・アルバート・ティンドリー牧師が〇一(明治三十四)年に発表した霊歌で当時の曲名は「アイル・オーバーカム・サムデー」。助動詞は「ウィル」だった。しかも主語は複数形の「ウィ(私たち)」ではなく「アイ(私)」だった

▼シャルで歌ったのはシーガーさんだが、ある黒人女性の「こっちの方が好き」と言ったのがきっかけになった。一人の気持ちがやがては人々の決意に変化する。「ウィ」と「シャル」の力。遠い昔の話になってしまったが。

☆ 今日で1月も終わりですね。寒いですが、皆様にとって良い一日で有りますように ☆  

Posted by kazu at 07:22Comments(0)

2014年01月30日

今日のコラム



☆ お早うございます、今日もお立ち寄りありがとうございます ☆

1月30日松下幸之助一日一話(松下幸之助.COM)

自分を飾らず

 私は、毎日の生活を営んでゆく上において、自分をよく見せようとお上手を言ってみたり、言動にいろいろと粉飾することは大いに慎みたいと思います。これは一見、簡単なことのようですが、口で言うほどたやすいことではありません。ことに出世欲にかられる人は、自分を他人以上に見せようとする傾向が強いようです。

 しかし、人はおのおのその素質が違うのですから、いくら智恵をしぼって自分を粉飾してみたところで、自分の生地はごまかすことはできず、必ずはげてきます。そして、そうすれば、そのときには一ぺんに信用を落とすことになってしまうのです。私は、正直にすることが処世の一番安全な道だと思います。


【コラム】筆洗

2014年1月29日東京新聞TOKYOWeb

▼父親を失った。そんな気さえする。磯野波平さん、星一徹さん。「サザエさん」で波平の声優永井一郎さんが二十七日、八十二歳で亡くなった。十七日には「巨人の星」の一徹の加藤精三さんが八十六歳で亡くなっている

▼今も続く「サザエさん」の放映スタートは一九六九(昭和四十四)年十月だ。「巨人の星」は六八(昭和四十三)年。テレビ画面の下端に「カラー」という表示が出ていた。働いて稼いで生活を向上させる。迷いのない時代だったといえる

▼戦前の家父長制の雰囲気が残る二人はわが子を実によく叱る。二人には子の考え違いを容赦なく叱る強い自信があった。迷いはない

▼何が正しくて何が正しくないか。どうも大人が自信を持ち切れない。経済成長、技術革新でさえ、絶対に正しいとは言い切れない。ましてや生き方。大人が悩んでいる

▼道路に四、五歳の男の子が寝転んで「こっちの道へ行きたい」と叫んでいる。若い父親も叫び返している。「オレだっておまえの言っている方へは行かないからな」。何かおかしい。二人でだだをこねている。子をひきずっていく自信はない

▼波平は五十四歳。<生きてゆくのであろうけど 遠く経て来た日や夜の あんまりこんなにこいしゅては なんだか自信が持てないよ>。中原中也。波平の年齢が迫るわが身を含め大人がカツオのままでいたがっている。


【社説】東京新聞TOKYOWeb

代表質問 「民意」をぶつけてこそ

2014年1月29日

 安倍晋三首相の施政方針演説に対する各党代表質問が始まった。政府の進める政策が、国民の思いや願いと懸け離れてはいないか。国会は政権監視の責務を自覚し、執拗(しつよう)に問いたださねばならない。

 安倍内閣は昨年夏の参院選後、衆参多数の自民党の「数の力」を背景に、強引ともいえる国会、政権運営を進めてきた。特定秘密保護法の成立強行や、集団的自衛権の行使容認に向けた前のめりの姿勢である。

 自民党の「一強」支配に、どうやって歯止めをかけるのか。野党はもちろん、与党の公明党にとっても正念場だろう。

 民主党の海江田万里代表は、安倍内閣には「経済」「外交」「国のあり方」という三つのリスク(危険)があると指摘し、「平和と民主主義を脅かす動きに対しては断固として戦うと宣言」した。

 首相が施政方針演説で「政策の実現を目指す『責任野党』とは、柔軟かつ真摯(しんし)に政策協議を行う」と秋波を送ったことに対する民主党の回答なのだろう。野党の姿勢としては当然である。

 世論調査結果を見ると、安倍内閣の支持率は50%台でも、個別の政策では全面的に賛同しているわけではないことがうかがえる。

 例えば集団的自衛権の行使容認だ。首相は答弁で「わが国を取り巻く安全保障環境が厳しさを増す中、安全保障の法的基盤を再構築する必要がある」と積極姿勢を示したが、最新の共同通信世論調査では半数以上が反対している。

 また、首相が「効果的な運用が図られるよう施行準備を進める」と答弁した特定秘密保護法も、世論調査ではこのまま施行すべきとの回答は20%に満たない。

 選挙結果は最も重要ではあることに異論はないが、世論調査に表れた「民意」と大きく懸け離れた政治もまた、あってはならない。

 政治に携わる者は民意に敏感であるべきだ。特に野党は、国民の思いや願いを政権側にぶつけ、暮らしをよくする政策の実現に尽力することが責務である。

 安倍内閣は「政権暴走」批判を気にしてか、野党の取り込みに懸命だ。施政方針で「責任野党」とは政策協議を行う姿勢を表明し、実際、みんなの党に対して協議を呼び掛けたことも、その一環なのだろう。

 法律をつくり、政策を実現するのは国会の仕事だが、それが政権に都合のいいものであってはならない。政権にすり寄る政党には、未来はないと心得るべきである。

☆ 今日も皆様にとって良い一日で有りますように ☆  

Posted by kazu at 06:42Comments(0)

2014年01月29日

今日のコラム


☆ お早うございます、今日もお立ち寄りありがとうございます ☆

1月29日松下幸之助一日一話(松下幸之助.COM)
先憂後楽

 「先憂後楽」ということは、天下の人びとに先んじて憂い、天下の人びとに後れて楽しむという、為政者の心構えを言った昔の中国の人の言葉だそうである。しかし私は、この先憂後楽ということは、単に為政者だけでなく、お互い企業の経営者としても、ぜひとも心がけなくてはならない大切なことだと考えている。

 もちろん経営者とて、ときに休養し、遊ぶこともあるが、そのようなときでも全く遊びに心を許してしまわず、心は常に先憂ということでなくてはならない。それは言いかえれば、人よりも先に考え、発意、発想することだとも言える。経営者というものはたえず何かを発想していなくてはいけないと思うのである。

【コラム】筆洗

2014年1月28日東京新聞TOKYOWeb

▼危機、困難、窮地。人間は二通りに分かれると将棋の羽生善治さんが『決断力』の中で書いている。「ピンチに陥って奮い立ち、知恵を出せる人」と「ひるんでしまう人」

▼米音楽のグラミー賞でバイオリニスト五嶋みどりさんがソリストとして参加したアルバムが最優秀クラシック・コンペンディアム賞を受賞した。五嶋さんも間違いなく窮地にひるまない人だろう

▼一九八六年七月、米東部、タングルウッド音楽祭でボストン交響楽団と共演した。曲は作曲者でもあるレナード・バーンスタインさんが指揮する「セレナード」。演奏中、五嶋さんのバイオリンのE弦がぷつんと切れた。どうするか。五嶋さんは平然とコンサートマスターにバイオリンを借り、弾き続けた

▼他人の楽器。五嶋さんには大きい。それでも弾くが、試練は続く。その弦もまた切れてしまう。別の演奏者にもう一丁借りてなお続ける。演奏を終える。待っていたのは何があろうと演奏を止めなかった勇気に対する拍手と大歓声だった

▼ニューヨーク・タイムズの見出しは「十四歳の少女が三丁のバイオリンで征服」。逃げ出したい。誰かのせいだと言い訳したいが、それではやはり前には進めぬ

▼グラミーのベストロックアルバム賞はレッド・ツェッペリンが受賞。六八年結成の大物だが部門賞受賞は初めて。これも再結成にひるまなかった結果である。


☆ 今日も寒いですが、皆様にとって良い一日で有りますように ☆  

Posted by kazu at 06:06Comments(0)

2014年01月28日

今日のコラム


☆ お早うございます、今日もお立ち寄りありがとうございます ☆

1月28日松下幸之助一日一話(松下幸之助.COM)

衣食足りて礼節を知る

 「衣食足りて礼節を知る」という言葉がある。これは今から二千年以上も昔の中国で言われたものだというが、今日なお広く使われているということは、そこに人間としての一つの真理があるからのように思える。

 ところが、今日のわが国については、「衣食足りて礼節を知る」どころか「衣食足りて礼節ますます乱る」と言わざるをえないことが多い。これはまさに異常な姿である。われわれはいま、この世の中を正常な姿に戻して社会の繁栄、人びとの幸福を生みだしていく必要がある。そのためには、まず自己中心のものの考え方、行動をみずから反省し、戒めあっていくことが肝要だと思う。


【コラム】筆洗

2014年1月27日東京新聞TOKYOWeb

▼電車の中で読まなければよかった。はなをすする。前席の小さな女の子がこっちを見る。それでまた悲しくなる。高階杞一さんの詩集、「早く家(うち)へ帰りたい」(夏葉社)を読む

▼重病で四歳を前に亡くなったわが子への思いが、痛い。「早く家へ帰りたい」はサイモンとガーファンクルの曲である

▼亡くなった後、一枚のCDがデッキに挿入されていたのに気がついた。あの子が遊んでいて偶然入れたのだろう。曲をかけたら「早く家へ帰りたい」だった。あの子からの最後のメッセージのように思えた。<死の淵(ふち)から家に帰りたいという意味なのか 天国の安らげる場所へ早く帰りたいという意味なのか それともぼくに早く帰ってきてという意味だったのか>

▼子を亡くした自分も「家」へ、子が生きていた平穏な時間へ帰りたいと願っている。そんなことはできないのに。<ぼくは早く家へ帰りたい 時間の川をさかのぼって あの日よりもっと前までさかのぼって もう一度 扉をあけるところから やりなおしたい>

▼人はどこかへ帰るために生きているのではないか。その男は夜の町を自転車でさまよっていたという。妻も子もいる。家がある。でも帰れない。農薬を冷凍食品に混入した容疑で逮捕された

▼事実だとすれば一時の黒い感情によって大切なものを失ったのか。家へ帰れない。愚かである。哀れでもある。


☆ 今日も寒いですが、皆様にとって良い一日で有りますように ☆  

Posted by kazu at 06:43Comments(0)

2014年01月27日

今日のコラム


☆ お早うございます、今日もお立ち寄りありがとうございます ☆

1月27日松下幸之助一日一話(松下幸之助.COM)
過当競争は罪悪

 お互いに適正な競争はやりつつも、過当競争はいわば罪悪として、これを排除しなくてはなりません。特に資本力の大きな大企業、業界のリーダー的な企業ほど、そのことを自戒しなくてはいけない。小さな企業が少々過当競争的なことをしても、リーダー的な企業が毅然として正しい競争に徹したならば、業界はそう混乱しないでしょう。しかし、もしリーダー的な企業が率先して過当競争を始めたのでは、あたかも世界大戦のごとき大混乱をもたらして業界をいちじるしく疲弊させ、その信用を大きく失墜させることにもなります。企業が大きければ大きいほど、業界の健全な発展に対する責任もまた大きいと言えましょう。


【コラム】筆洗

2014年1月26日 東京新聞TOKYOWeb

▼百六十一億円。驚くより先に怖くなる。田中将大投手が米大リーグのヤンキースと結んだ契約総額である

▼これだけ巨額になるとうらやましいとさえ思わない。想像もつかぬ数字で実感できないのである。むしろ米紙が報じている契約の一部の「引っ越し費用は約三百万円」「住宅手当は年間約一千万円」の方に驚いたりするものだ

▼「二十四勝無敗」。米国報道を見ると、これが田中投手の枕詞(まくらことば)になっている。「二十四勝無敗の田中」「直球はまあまあだが二十四勝無敗で…」

▼どんな小説や劇画にも「二十四勝無敗」の投手はまず登場しない。非現実的だし、面白くないからだ。『巨人の星』の星飛雄馬でさえ、公式戦通算成績は「四十七勝五敗三セーブ」という。漫画データ研究の豊福きこうさんの本にある

▼「夢の数字」と巨額投資への期待はそのまま田中投手には重圧になる。「本拠地でビジターを応援すれば言葉の暴力を受ける。ヤンキースタジアムなら本物の暴力を受ける」。こんな言い方があるそうだ。それほど熱狂的な声援の一方、期待外れだと容赦ないファンを思えば尻込みしたくもなるが、田中投手は逃げなかった

▼「(契約した田中投手の)覚悟と自信に敬意が払われるべきだ」。こう言ったのはイチロー外野手。ヤンキースの怖さと「神の子」の心の強さを「天才」はさすがに分かっているようだ。

☆ 今日も寒いですが、皆様にとって良い一日でありますように ☆
  

Posted by kazu at 06:09Comments(0)

2014年01月26日

今日のコラム


☆ お早うございます、今日もお立ち寄りありがとうございます ☆

1月26日松下幸之助一日一話(松下幸之助.COM)

短所四分、長所六分

 人間というものは、誰でも長所と短所を持っている。だから、大勢の人を擁して仕事をしているのであれば、それぞれに多種多様な長所と短所が見られる。

 その場合、部下の短所ばかりを見たのでは、なかなか思い切って使えないし、部下にしても面白くない。その点、長所を見ると、その長所に従って生かし方が考えられ、ある程度大胆に使える。部下も自分の長所が認めてもらえれば嬉しいし、知らず識らず一生懸命に働く。しかし、もちろん長所ばかりを見て、短所を全く見ないということではいけない。私は短所四分、長所六分ぐらいに見るのがよいのではないかと思うのである。


【コラム】筆洗 

2014年1月25日 東京新聞 TOKYO Web

▼年末年始を過ごした福島県の会津で、苦い話を聞いた。ある町は放射能汚染もさほどひどくなく、原発事故後も山のキノコを食べることができた。だが昨秋、ついに検出された

▼雨水の流れ、落葉と腐植。自然のめぐりが薄く積もった放射性物質を濃縮させ、それをキノコが吸ったのだろう。山の幸を楽しみにしていた人々も山に入らなくなった

▼クマが人家近くの田畑にまでやたらと現れるようになったとも聞いた。かつては猟師らが山に踏み入って仕留め、肉などを売っていたが、それも汚染でできなくなった。イノシシも同じだ

▼県はイノシシ捕獲の奨励金制度もつくった。しかし猟師らは嘆いているそうだ。「おれたちは殺生するために捕りたいんではないんだ」。山の幸としていただくこともできず、ただ「処理」するために撃ち殺す。それが耐えられないというのだ

▼もともと農林業不振で昔のように山に人が入らなくなり耕作放棄地も増えていた。「野生動物の生息圏も変わってきたのでしょうが、事故のために、そういう動きに拍車が掛かったのかもしれません」と県の職員は話す

▼首相は施政方針演説で福島などの「産業や生活インフラの再生を後押しする」と言った。心してほしいのは、あの事故は今なお、人と自然のつながりを、断ち切り続けているということだ。その再生は、果たして可能なのだろうか。


【社説】東京新聞TOKYOWeb

通常国会始まる 国の針路を誤らぬよう

2014年1月25日


 きのう始まった通常国会を、安倍晋三首相は「好循環実現国会」と位置付けるが、集団的自衛権や原発政策、特定秘密保護法など重要課題が山積だ。国の針路を誤らぬよう、議論を尽くしてほしい。

 首相は、今後一年の内政・外交方針を示す施政方針演説で「この国会に問われているのは『経済の好循環』の実現だ。景気回復の実感を、全国の津々浦々にまで、届けようではないか」と強調した。

 経済の好循環実現は重要だ。各種経済指標に好転の兆しはあるものの、国民の多くは景気回復を実感するに至ってはいない。四月には消費税が増税され、景気の腰折れも懸念される。

 政府はこの国会に、経済成長を促すための三十二法案を新たに提出する。国民が暮らし向きの向上を実感するにはどうすべきか、まずは徹底的に議論すべきである。

 ただ、この表看板に惑わされるわけにもいかない。国の針路を決める重要課題が山積だからだ。

 まずは第二次内閣発足後、首相が初めて国会演説で言及した「集団的自衛権の行使」である。

 首相は、有識者懇談会の報告を踏まえて「対応を検討する」と表明したが、第一次内閣で始動したこの懇談会はかつて行使容認の報告書を出したことがある。

 その後、メンバーの入れ替えもなく、四月にも提出される報告でも、行使容認となる見通しだ。

 集団的自衛権の行使について、歴代内閣はこれまで、憲法九条で許容される自衛権の範囲を超えるとの見解を堅持してきた。先の大戦の反省から、専守防衛に徹してきた「国のかたち」でもある。 

 それを一内閣、それも私的な懇談会の報告書を基にして変えることなど許されようはずがない。国会での徹底追及を期待したい。

 原発について、首相は「原子力規制委員会が定めた世界で最も厳しい水準の安全規制を満たさない限り、再稼働はあり得ない」と述べたが、同規制委の手続きさえ経れば再稼働させることと同義だ。

 国民の運命を左右する原発政策は、東京都知事選でも争点化しており、なし崩しの再稼働容認は許されない。国会を含めた国民的な議論に付すべきである。

 与党が昨年、成立を強行した特定秘密保護法に、首相は演説で全く触れなかったが、法律の乱用や人権侵害の懸念は解消されず、首相自身も説明不足を認めている。

 民主、共産両党は廃止法案を提出する予定だ。法案の要不要も含めて審議し直すべきである。

☆ 昨日は若草山の山焼きを見ました。花火も綺麗でした。今日も寒いですが皆様にとって良い一日で有りますように。☆
  

Posted by kazu at 06:04Comments(0)

2014年01月25日

今日のコラム


☆ お早うございます、今日もお立ち寄りありがとうございます ☆

1月25日松下幸之助一日一話(松下幸之助.COM)
融通無碍の信念

 「融通無碍」という言葉がある。これは別にむずかしい理屈でも何でもない。いたって平凡なことと思う。もし道を歩いていて、その前に大きな石が落ちてきて向うへ行けない場合はどうするか。もちろん石によじ登ってもまっすぐ行くということも一つの方法である。しかしそこに無理が生じるのであれば、石をよけてまわり道をしてゆく。それが融通無碍だと思う。

 もちろんときにはまわり道のない場合もある。しかしそういうときにはまた別の方法を考える。素直に、自分の感情にとらわれないで、この融通無碍ということをたえず心がけていくところに、世に処していく一つの道があると思うのである。


【コラム】筆洗

2014年1月24日東京新聞TOKYOWeb

▼東京の合唱(コーラス)」「東京の女」「東京の宿」「東京物語」「東京暮色」。小津安二郎の作品で題名に「東京」が入っている五本である。小津作品五十余本のうち、東京が出てこない作品は十本もないという。東京へのこだわりが分かる

▼そのくせ魅力的な場所とは必ずしも描かない。小津作品の東京はどこか世知辛い。寂しい。住む人の心まで乾燥させているようだ

▼「広いもんぢゃなア東京は」「ウッカリこんなとこではぐれでもしたら一生探しても会はりゃアしやんしエんよ」。「東京物語」の中で上京した老夫婦が上野公園でこんな会話をする場面がある。繁栄の裏側に潜む「居心地」の悪さが伝わってくる

▼東京都知事選で問われているのは「繁栄の裏側」である。もっと言えば「生き方」かもしれぬ。ひずみがあろうと経済成長を追求し続けるのか。物質的な豊かさではない別の方向も考えていくのか

▼原発ゼロを主張する宇都宮さん、「腹七分目でよし」と語る細川さんは考え直そうという。「世界一の都市に」の舛添さんと「アジアで最も豊かな産業経済都市に」と訴える田母神さんはもっと成長をという立場である

▼どんな選挙でも、経済成長は「善」という見方が強すぎて争点になりにくい。その意味で都知事選は実に新しい。その議論は日本全体にもつながるだろう。「東京の生き方」。いい題名ではないか。


☆ 今日も寒いですが、皆様にとって良い一日で有りますように ☆  

Posted by kazu at 06:25Comments(0)

2014年01月24日

今日のコラム


☆ お早うございます、今日もお立ち寄りありがとうございます ☆

1月24日松下幸之助一日一話(松下幸之助.COM)
会社の信用

 自分の会社の欠点と考えられることは、社内においてお互いに誠心誠意検討しあい、その欠点を除くことにみなが努力をすることが大事だと思います。しかし、それを決して外部の人に不用意にもらさないという配慮が必要です。極端に言うと、両親にさえもらしてはいけないのだというほどの信念がなければいけないと思います。

 もしも幸いにして、そういうことをみなが諒として働けば、そうした行動から非常に強い会社の信用が生まれてくると思います。それは会社に幸いし、会社の従業員全体に幸いし、ひいては会社の持つ使命を遂行する力となってくると思うのです。

松下幸之助 「見方・考え方」クイズ

◇◆人生というもの◆◇

問題 Q3 : この幸之助の言葉の〇〇に当てはまるのは?
KonosukeQ1.jpg
(毎週金曜日更新)

「人生とは、〇〇と〇〇の営みである」

  1 勤労・奉仕   2 感謝・報恩  3 生産・消費

解答&解説コラム

3 の「生産・消費」が正解です。「人生」と経済用語である「生産・消費」を結びつけることに違和感を感じられるかもしれません。

しかし幸之助は、生産と消費は「単に物資をつくったり、使うことのみ」を指すのではなく、「物心両面にわたるもの」だと考えていました。物資だけでなく、心の生産・消費もあるというのです。そうして人間は、物心ともによき生産・消費をすることで繁栄の道をひらくことができるとして、「人生とは、生産と消費の営みである」と述べたのです。

では、よき心の生産・消費とはどんなものなのでしょうか。幸之助は、よい話を聞き、音楽を聴いて喜び、名画を見て楽しむことなどがよき心の消費であり、お互いが相寄ってよい思いをかよいあわせること、勉強して新しい知識を得ることなどがよき心の生産であると言っています。

今日、物質的には、幸之助が生きた、かつての大量生産・大量消費の時代は終焉し、持続可能な発展を主眼に置いたリサイクル、リデュース、リユースを視野に入れた生産・消費が求められる時代になっています。それだけに、ますます人間の知恵・創意工夫が試され、よき心の生産、よき心の消費が必要とされているといえましょう。



【コラム】筆洗

2014年1月23日東京新聞TOKYOWeb

▼その駅には「ウソ」の駅名を記したプレートが出ている。本当の名前はJR北海道の根室線の幾寅(いくとら)駅なのだが「幌舞(ほろまい)駅」という表示プレートの方が目立っている。実在しない駅名を表示している本物の駅というのは世界でも珍しいのではないだろうか

▼種明かしをすれば「幌舞駅」とは浅田次郎さんの小説「鉄道員(ぽっぽや)」の主人公が駅長として勤務する小さな駅の名前で、高倉健さんの主演で一九九九年に映画化された際、「幌舞駅」に見立てて、撮影したのが幾寅駅である

▼撮影後も一部セットを残して映画の雰囲気を再現している。行ってみると分かる。寂れた駅の立て付けの悪い、引き戸を開けて不器用で仕事一筋の乙松さんがふと姿を現すような気がしてくる

▼鉄道員としての仕事に打ち込む男の物語である。どんな時も鉄道を安全に正確に運行することだけを考える。家族の不幸にさえがまんする。「ぽっぽやだから」

▼JR北海道のレール検査数値改ざん問題。保線部署のうち七割超の三十三部署で改ざんが確認された。改ざんとは、「ウソ」である。これが世界に冠たる「鉄道大国」の実態なのか。あまりに寂しい。くやしい

▼職員は「幌舞駅」のホームに立ち、「鉄道員」という虚構の世界をかみしめても損はないだろう。何か感じるはずだ。小説・映画の話だって? 現実の世界の「ウソ」よりはよほどましである。

☆ 今日も寒いですが、皆様にとって良い一日で有りますように ☆
  

Posted by kazu at 06:10Comments(0)

2014年01月23日

今日のコラム


☆ お早うございます、今日もお立ち寄りありがとうございます ☆


1月23日 松下幸之助一日一話(松下幸之助.COM) 
物をつくる前に人をつくる

 私は、ずっと以前でしたが、当時の年若き社員に、得意先から「松下電器は何をつくるところか」と尋ねられたならば「松下電器は人をつくるところでございます。あわせて電気商品をつくっております」とこういうことを申せと言ったことがあります。

 その当時、私は事業は人にあり、人をまず養成しなければならない、人間として成長しない人を持つ事業は成功するものではない、ということを感じており、ついそういう言葉が出たわけですが、そういう空気は当時の社員に浸透し、それが技術、資力、信用の貧弱さにもかかわらず、どこよりも会社を力強く進展させる大きな原動力となったと思うのです。

【コラム】筆洗

2014年1月22日東京新聞TOKYOWeb

▼クラウディオ・アバドさんは七歳の時、魔法にかけられた。ミラノのスカラ座で聴いたドビュッシーの夜想曲。舞台上から光や色が放たれ、絵が見える気がした。少年はその夜、決心したという。「いつの日か自分もあんな魔法が使えるようになろう」

▼名指揮者アバドさんの訃報に接し、三十年近く前に録音されたレコードを聴き直した。彼がロンドン交響楽団を振ったラベルのボレロ。クライマックスで、強烈な叫びが聞こえる。演奏する楽団員たち自身が興奮のあまり上げたという雄叫(たけ)びだ。オーケストラも魔法にかけられていたのだ

▼バイオリニストだった父はアバド少年に教えたそうだ。「誰かと一緒に音楽をやる時には、自分がうまく弾けるとか、よい耳を持っているとかいうことはそれほど重要ではない。音楽においても日常生活においても、ほかの人の言うことに耳を傾けることが最も大切なのだ」(『アバドのたのしい音楽会』評論社)

▼二〇〇〇年にがんで胃の全摘手術を受けてからアバドさんは体調不良に苦しみ続けたが、指揮者仲間のサイモン・ラトルさんにこう語っていたという

▼「それが悪いことばかりでもないんだ。どういう訳か自分の体の内部からの声が聞こえるようになった気がする。胃を失った代わりに、内なる耳を与えられたようなものだ」

▼今は、名演が終わった後の静寂に耳を傾けたい。


【社説】指定廃棄物処分 机上の決定では難しい

2014年1月22日東京新聞TOKYOWeb


 放射能を持つ指定廃棄物の最終処分場候補地として、環境省は宮城県内三市町の名を挙げたが即座に反対された。処分場は必要だが、住民の頭越しにすることなのか。ますます復興が遅れてしまう。

 指定廃棄物とは、福島第一原発事故で飛散した放射性物質が付着したごみの焼却灰、下水汚泥、稲わらなどをいう。環境相の指定により、国の責任で最終処分することになっている。

 原発から排出されるものに比べると、放射能の濃度は低く、全国各地で十三万トン余りが仮置きされている。

 環境省はその最終処分場を、宮城、栃木、群馬など東北と関東の五県に一カ所ずつ、造る計画だ。

 宮城県で選定された三市町から、人が住まず、訪れず、水源から遠く離れて自然への影響の少ない場所へとさらに絞り込む。

 ごみ処理施設は、家庭ごみでさえ立地が難しいことは、全国のどの自治体も、また住民も知っている。その成否は、事業者と受け入れ側住民が、いかに信頼関係を築くかで決まると言っていい。

 世界で初めて使用済み核燃料最終処分場「オンカロ」の建設が進むフィンランドのオルキルオト島でも、処分事業者は、全国を百二カ所のブロックに分けて調査を重ね、選定までに十八年をかけている。結局は、地元に原発があり、比較的原子力への抵抗感が少ないオルキルオトが選ばれた。

 これまでに過酷事故もなく、規制機関への信頼も厚い国柄でも、そうなのだ。

 復興を進めるためにも、処分が必要なのはよく分かる。しかし日本では、福島の事故で神話は崩れ、信頼は地に落ちた。何より事故処理がまだ進んでいない。3・11の被災地にはもちろん、全国的にも原子力行政に対する信頼が、失われているのである。

 核のごみ処理をもし受け入れるとしたら、何が一番必要かと問うと、「確かな情報」とまず答える人が多いのではないか。

 金ではない。フィンランドでも、オンカロ受け入れの見返りに、巨額の交付金などは出ていない。

 なぜその場所なのか、規模は、工法は、危険性は、管理の主体は、スケジュールは…。こうした疑問に答えられるような能力を持ち、面と向かって答えられるほどの信頼を積み重ねてもらいたい。

 すでに大量に発生している高レベル放射性廃棄物の処分についても、同じである。


☆ 今日も寒いですが、皆様にとって良い一日で有りますように ☆

  

Posted by kazu at 06:15Comments(0)

2014年01月22日

今日のコラム


☆ お早うございます、今日もお立ち寄りありがとうございます ☆

1月22日松下幸之助一日一話(松下幸之助.COM)
長年のツケを払うとき

 戦後三十年間、政治の仕組み、教育のあり方、またお互いのものの考え方、生活態度の中に、知らず識らず、いろいろなムダや非能率が生まれ、増大してきた。それがつもりつもって物価をジリジリと押しあげ、とうとう今日の事態を招来したのである。

 お互いに考えるべきことを考えず、改善するべきことを改善してこなかった、長年のたまりたまったツケがまわってきたのである。だれが悪い、かれが悪いと責めあっているときではない。そのツケはそれぞれの分に応じて払わなくてはならない。その覚悟を真剣に持つことができるかどうか。そこがきわめて大切な点だと思うのである。


【コラム】筆洗

2014年1月21日東京新聞TOKYOWeb

▼小鳥に声をかけてみた/小鳥は不思議そうに首をかしげた。/わからないから/わからないと/素直にかしげた/あれは/自然な、首のひねり/てらわない美しい疑問符のかたち…

▼吉野弘さんの詩「素直な疑問符」だ。首をかしげた小鳥の姿に、美しい「?」を見て取る。そんな目の持ち主にかかると、「母」という字のちょっと傾いた姿からも小さな物語が生まれる

▼<母は/舟の一族だろうか。/こころもち傾いているのは/どんな荷物を/積みすぎているせいか>。舟とは、母という字の下の方が愛の積み荷が多過ぎて水に浸っている形。詩人にはそう見えたという

▼吉野さんは二度、生死の境から生き延びた。召集され、死を覚悟して入営する数日前に終戦を迎えた。戦後は肺結核と闘った。「二度も助かったから、生きなくては申し訳ない」。だから、日々の暮らしの中で生の意味をていねいに問い、やさしく言葉を紡いだ

▼例えば、「幸」と「辛」という字は「一」だけの違い。その「一」とは何か。<幸いの中の人知れぬ辛(つら)さ/そして時に/辛さを忘れてもいる幸い。/何が満たされて幸いになり/何が足らなくて辛いのか>

▼八十七歳で逝くまで、「?」を大切にし続けたのだろう。冒頭の詩はこう結ばれる。<時に/風の如(ごと)く/耳もとで鳴る/意味不明な訪れに/私もまた/素直にかしぐ、小鳥の首でありたい>


【社説】医療費の増大 患者が納得する節減を

2014年1月21日東京新聞TOKYOWeb


 国民の医療費が増え続けている。低額で治療を受けられる医療保険制度は大切な社会保障だが、どう維持していくかが大きな課題だ。知恵を生かして費用の節減や病の予防に努めたい。

 医療機関に支払われた治療費や薬代などの費用総額が国民医療費だ。全体の約五割を医療保険の保険料、約四割を税金、約一割を患者の負担で賄っている。

 公表された二〇一一年度の額は約三十八兆六千億円、国民一人当たり初めて三十万円を突破した。

 ここ数年は毎年、一兆円ずつ増えている。本年度は四十兆円を超しそうだ。理由は高齢化と、技術の進歩で高度な治療・検査が普及した医療の高度化である。医療の質向上はメリットだが、コストも高くなっている。

 必要な医療は確保しながら医療費を抑える努力が要る。それには保険運営者の役割が重要になる。

 国民健康保険を運営する市町村は厳しい保険財政に頭を抱えている。広島県呉市(人口約二十三万人)も同様だが、独自の節減策が実績を上げている。

 先発薬より低価格の後発薬(ジェネリック医薬品)の普及策に、呉市は使用中の薬を後発薬に替えた場合の差額を市民に通知する対策を〇八年度から始めた。

 昨年三月時点で、累計約二万六千人に通知して八割が後発薬に切り替えた。節減額は五年間で五億円を超えた。有効な対策だ。

 高齢者には複数の医療機関で重複して薬をもらったり、種類が多くて服用をやめる人が少なくない。こうした残薬は全国で年間約五百億円との推計もある。薬剤師による在宅患者への服薬指導も広げるべきだ。指導で重複処方を避けられ薬代の節減につながる。患者には薬剤師が日々の煩雑な服薬を支えてくれる存在になる。

 疾病予防も呉市が参考になる。糖尿病による腎症の重症化予防に、看護師による生活指導事業を三年前から行う。腎症が悪化し透析を続けると治療費は一人年間約六百万円だ。指導を受けた人から透析患者はでていない。

 医療機関から保険運営者に送られてくる治療費の請求書は電子化が進みさまざまな分析が可能になった。それを活用すれば不必要な医療費を抑えられる。

 患者は自己負担が減ったり、病が予防できるなど具体的なメリットが分かれば、節減に協力してくれるのではないか。患者も納得する賢い節減策に取り組むべきだ。


☆ 今日も寒いですが、皆様にとって良い一日でありますように ☆  

Posted by kazu at 06:27Comments(0)